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黄果樹の滝

中国貴州省の黄果樹の滝群は世界一の滝の数であるそうな。 そこに行くまで貴州省はいつも埃っぽく青空が見える日がなかった。 しかし黄果樹につくとそこは良い天気ですがすがしい空気でした。 若い女の子たち(中国の某大手機械メーカーのエリート社員)と昼食を食べて 楽しくハイキング気取りで行きましたので、それはそれは楽しかった。 雨が少なく水量が少し少ないとのことでしたが、とてもとても立派な壮大な滝でした。     ベーコンのような石

中国の建設事情

今回の出張で聞いただけなので真意のほどはわかりませんが、中国の建設業 に関わる人の話ですから信用できると思いますが、中国の貴州省は言葉は悪いが 「中国で最も貧乏な省の一つ」と呼ばれているにもかかわらず、いたるところで マンションの建設ラッシュ。 その中でも50万人の街を造成している現場に行ってみるとその規模に ド肝を抜かれました。 そして、その造成地はマンション場から建設していてショッピングセンターも 病院も学校もないとのことです。ましてや浄化槽などあるはずもありません。 その都市計画の計画性の無さにもド肝を抜かれました。

中国浄化槽事情2

中国の大手機械メーカーがFRP製浄化槽を製造することに非常に熱心です。 担当者が皆若いエリートたちで勉強熱心。 教える我々も初歩から教えるなかで熱心にメモを取り的確な質問を浴びせてくる 若者にたくましさを感じました。 しかし、仕事するときの服装は自由で本来はホワイトカラーなのでそれは 仕方ないか。 ただ、工事現場での安全意識については、今後指導していく必要がありそうです。

中国の浄化槽事情

11月18日から23日まで中国の貴州省貴陽市に行ってきました。 現状では中国では生活排水を沈殿槽(溜槽)を通過させて上澄水を河川に放流 しているようです。一般家庭ではそのまま垂れ流し状態です。 観光地の近くの水路はひどい悪臭で気分が悪くなります。 そこで、浄化槽のお出ましです。 大手機械メーカーに中国でFRP製の浄化槽を製造する技術を供給して 中国のきれいな河川を取り戻すという素晴らしい事業に参画できて大変 光栄です。

第92回凱旋門賞

先日の第92回凱旋門賞ではまたも日本馬の初勝利がが厚い壁に阻まれました。 オルフェーブルとキズナは2着と4着。 特にオルフェーブルは昨年惜しくも2着。 今年こそはと前哨戦のフォア賞を堂々の余裕勝ちで期待していたのですが…。 しかし競馬好きとしてはいつかは行って観たいレースです。 来年は無理ですが再来年以降の強い日本馬が出場する年に行けるよう しっかり500円玉貯金をしよう。 http://www.youtube.com/watch?v=1J4KF7GYvGM

「海賊とよばれた男」を読んで

百田尚樹著「海賊とよばれた男」を読み終えて考えた。 ひとことでいえば国岡商店の国岡鐵造(出光興産の創業者出光佐三氏)の 波乱万丈の人生を描いた小説です。 最後まで自分の強い信念のもと行動して一生を送った。 自分の会社の従業員を家族として大事に育て信頼した。 以前はこういう偉い人の話を聞くいたり読んだりすると、 自分に参考になるところはないだろうか。 どこか真似できないだろうか。と考えた。 今はそうは考えなくなった。人それぞれですから。 多くの書籍等で書かれている人生訓、経営術等の内容は 当たり前のことばかりのように感じてきた。偉そうなことをいうわけではないが そんなこと知ってる。ということばかり。 こんなことをすれば良いよ。こんなことではだめよ。 ようするにそれを実行するのかしないのか。出来るのかできないのか。 するべきなのかするべきでないのか。それが問題なのではないですか。 最近、子供のころには大嫌いだった読書後の感想を書けるようになりました。 客観的に考えることができるようになったからでしょうね。 うれしいような悲しいような。 どんな偉い人でも、悪い人でもみんな年齢を重ねて死んでいく。 だから近頃年をとること死ぬことが少し怖くなくなった。 先日読んだ司馬遼太郎著「翔ぶが如く」で描かれている明治維新後の 西郷隆盛のように燃え尽きてしまったあとの抜け殻のようには なりたくないと思うこの頃です。

骨髄提供4

私は昨年まで骨髄の採取は脊髄(背骨)から取るものだと思っていました。 太い注射針ですごい痛い思いをすると聞いていました。 実際は腰に4か所穴をあけて、そこから何回も腸骨にボールペンの芯ほどの太さの針を 突き刺して採取するのです。 全身麻酔なので術中は痛みはないのですが、私の場合は骨が硬いため ちょっと無理をしたらしく、手術時間も長く術後の晴れがひどくなり痛みも 2週間続きました。今はすっかり腫れも痛みも取れました 母も妻も「もうこんなことはやめといて。」と言います。私も入院、痛みがで仕事に 少なからず支障をきたしましたので迷うところです。 しかし私の会社の関係のK氏はすでに2回提供されているとのことです。 またF工業での同期のY氏は「全然痛くなかった。あの程度だったら平気。」と 2回目の提供の準備中です。 骨髄移植は何人かのこういう猛者に支えられて成り立っているのでしょうね。

骨髄提供3

過日、大阪の某病院で移植のための骨髄採取手術を行いました。 手術の前日に入院し血液検査、手術の説明を受けます。 前日の夕食後は食事ダメ。24時以降は水分もダメ。 手術日は朝9時に手術着に着替えて手術室へ 通常は2時間30分ほどなのですが、私の場合幸か不幸か骨が「丈夫で硬い」 らしく、終了したのが13時実に4時間の長い手になりました。 (全身麻酔をしていたのでそのへんは知りませんでしたが…。) 全身麻酔は初めてでしたので非常に不安でしたがベッドに寝て「15秒したら 意識がなくなります。」と言われたまま素直に落ちました。 その15秒間は左右の看護師、麻酔医、左右の執刀医からの呼びかけが テレビドラマの一場面のような感じ。 目が覚めたら14時30分。リカバリー室で約45分微睡んでから病室に戻ります。 それから17時30分までの間が尿管に差し込んだ小水の管が痛い、弾性ストッキング が鬱陶しい、腹が減ったととにかく自由がききません。 担当医が施術部の診察をして異常がないことを確かめて初めて水分、食事が許可されました。 ベッドから起き上がるのに痛みため10分程かかり、初めて小便をした時の痛いこと。 担当医は「順調だ。」と言われますが、動くと悶絶するほど痛みがあります。 施術部は腫れて熱を持っており体温は37.7℃。平熱より1.5℃高かったが翌日には 36.5℃に下がり翌々日の10時に退院してまいりました。 ちょっと腫れていてお見苦しい写真ですが手術40時間後の施術部の写真です。 4箇所の穴を開けボールペンの芯ほどの管を差し込み、そこからひとつの管当り腸骨に 10箇所ほどの穴を開け骨髄を約1ℓ採取します。 いやー大変な手術でしたが、人の命がかかっていることですから我慢できます。 因みに私の骨髄の提供を受けた方は私と同じ血液になるそうです。 なんとも奇妙な感じです。

チョウザメの危機

25日から水槽への補給水がおかしいと母から電話貰っていましたが 26日になり水の補給は止まってしまいました。 たまたま弟が帰省するので、取水口に何か詰まっていたら取り除いてもらうことに したのですが、27日朝には「50匹ほど浮いている」との連絡があり急ぎ帰省。 なんともかわいそうなことをしました。 どうにか少しでも水が入るように応急措置は出来ましたが、早く雨が降ってくれない ことにはいつまでもつか心配です。 今週末に雨の予報が出ているので帰って水の管理をしてきます。 写真を載せようかどうしようかと迷いましたが埋葬した写真です。(一部)

第6回関西紀州人会

心斎橋のホテル日航ビルB2F「但馬屋心斎橋」で超熟成肉をいただきました。 旨かった。 大川弁護士の「顔」で8,000円で飲み放題つき。 ビールもワインも厳選された上質のもので、参加者全員満足顔でした。 おかげさまで、故郷の話にも花が咲き大変素晴らしいひと時を過ごさせていただきました。 次回は天満橋のタイ料理「エンジョイタイ」さんにお世話になります。 大川弁護士のご紹介ですからハズレはないでしょう。楽しみにしております。

骨髄提供-2

 (公財)骨髄移植推進財団から「貴方様は最終的なドナー候補者に選ばれました。」と通知が来ました。    家族と一緒に8月初旬に「最終面談」をして、9月か10月に提供のための入院という運びになります。  妻は理解はしているものの「ヨロコンデ」という気にはなれないみたいです。私としてもリスクが全くないわけではないので不安はあります。しかし、患者さんが待ち望んでいて、移植によって命が助かるのであればと勇気を掻き立てています。  コーディネーターから聞いたことですが、移植しても5年生存率が50~70%(病院により偏っていたりするらしい)という思ったより低い数値に心が揺らいだり・・・・。  私が骨髄を提供する患者さんは一生知り得ないでしょうがどうか頑張ってほしい。  ドナー登録者数は全国で4万人を超えているらしいが、そういう人たちの勇気にただ感心します。  骨髄提供者はブログやFaceBookやTwitterでは公開しないように言われましたが、骨髄提供の実態を少しでも多くの人に知っていただきたいので、相手の方のプライバシーを侵害しない程度に書いていこうと思います。

骨髄提供

骨髄移植推進財団から「あなたと登録患者さんのHLA型が一致しドナー候補者の一人に選らばれ ました。今後提供に向けさらに詳しい検査や面談に進んでいただきたい。」と通知がまいりました。 昨年知り合いの奥さんが白血病で亡くなり、なんとか役に立てないものかとドナー登録をしましたが、別の知り合いによると「僕の場合は登録してから3、4年ほどしてやっと提供できた。」と聞いていたので、まだまだだと高を括っていたところ半年程度で機会に恵まれました。 登録まで知らなかったことですが、登録は54歳まで。提供は55歳まで。という規定があるそうです。ギリギリでした。 私の場合はここ最近になりや会社のスタッフの成長により、やっと平日でも時間のやりくりができるようになりましたが40歳代までは仕事に追われていました。皆さんもそういう人は多いのではないでしょうか。ましてや入院も必要になります。 登録する人への呼びかけとともに、提供のための休暇を取りやすくできるような社会の認知が必要であることを感じました。 今日初めて大阪市立総合医療センターで確認検査とコーディネーターからの説明を聞きました。 全身麻酔を行なうことといいボールペンの芯ほどの太さの針で何か所も腸骨(骨盤)に突き刺すことといいちょっとビビりましたが、ここまできたら後には引けません。 山中さんips細胞でどうにかなりませんか?

チョウザメの稚魚到着

6月19日チョウザメの稚魚が100匹到着しました。 体調10cmの相変わらず可愛い姿。これが2年後には1mになるかと思うと いつもながら不思議です。 初年度の3年前と比べ環境が良くなっていますので、元気に 大きくなってくれることを期待しています。    

大学の同窓会

6月14日等東京上野の水月ホテル鴎外荘での、山梨大学環境整備工学科1983年卒業生の 同窓会に参加しました。 皆社会人となって30年間、それぞれの人生を経験してそれぞれの立場になりながらも 学生時代に帰って楽しいひと時を過ごしました。 年に2回ほど名古屋で会える奴、卒業以来の奴、まじめになった奴、相変わらずの奴。 翌日は12名ではとバス「東京スカイツリーと人気ランチバイキングツアー」に参加。 皆から元気をもらいました。 幹事の宮野、遠藤、水地ありがとうございました。   三講平山研の精鋭  

チョウザメの上屋完成

 5月20日、21日でチョウザメの水槽の上屋を築造しました。  4月には供給水源の整備を行い冬場の水不足の解消に目処が立ちました。 今回は、盗難防止とカラスの驚異対策、そして直射日光による温度上昇の緩衝 という目的で上屋を建てました。  予算の関係で材料が不足してしまい完璧ではありませんが、十分なものが 完成しました。  チョウザメもホント喜んでいました。  おかげで今年は100匹の稚魚を購入できそうです。 作業前 作業前 工事中 完成 完成 完成